南ア前衛、笊ヶ岳−畑薙ダム

 転付峠から笊ヶ岳に行って来ました。所ノ沢越から畑薙ダムへ下りる道が、非
常に悪く、最後まで気の抜けない山行となりました。

 2003年に、白峰南稜の北部(転付峠−奈良田越−黒河内岳−大籠岳−農鳥岳)を
歩いたが、南稜南部の名峰 笊ヶ岳を残していたので、今回は、白峰南稜の完結
編として、転付から笊を目指した。下山は、夏の南アと言えば、やはり畑薙ダム
へ下山したいという想いがあり、青薙山を越えて行く計画で出発した。

【山 域】南ア前衛・白峰南稜(南部)
【日 程】2005.7.31夜発−8.3
【コース】8/1:田代入口8:45−保利沢出合12:45−転付峠水場15:30
     8/2:転付峠5:15−林道終点6:15−生木割山9:30−偃松尾山ガレ場
       −椹島分岐11:40−笊ヶ岳12:35−布引山14:10−所ノ沢越16:45
     8/3:所ノ沢越4:45−2000m地点6:45−中の宿沢徒渉−中の宿吊橋10:00
       −畑薙ダム12:40
【メンバ】和名倉山の住人(単独)
【天 候】全日とも午前中晴れ、午後は曇り
【報 告】
 20年前、山岳部の新人時代の夏合宿が、転付越えで、二軒小屋(泊)−荒川三山
−荒川小屋(泊)−赤石岳−百間洞−大沢岳−兎岳−聖岳−聖平小屋(泊)−上河内
岳−茶臼岳−三吉平(泊)−イザルガ、光岳(往復)−畑薙ダムと、毎日10〜13時間
行程を4泊5日で歩き通して、畑薙大吊橋を渡った時には、達成感で感激した記憶
があり、夏の南アといえば、やはり畑薙ダムへ下山したいと強く想っていました。

 日曜日の夜、最終の各停で甲府駅へ、身延線ホーム手前のプレハブ倉庫前で、
ステビ。ここは、建物の合間で屋根は無いが、静かで良い。翌朝5:25の電車で、
身延へ。7:30のバスまで時間があるので、7時から開いているコンビニへ。(駅前
から右へ100m程)
 7:30の奈良田行きバスに乗車した登山者は、単独行の人と私の2名のみ。単独
の人は、七面山登山口で下車。田代入口まで行ったのは、私一人だった。田代入
口は、20年前とは全然道が変わっている。前後をトンネルで抜け、旧道が左後ろ
から右前へクロスしている。この右前へ延びる道に入る。過ぐに左に橋を渡るが
この手前に黄色いポストがあり、登山届を入れる。
 橋を過ぎると直ぐにトンネルの上を通り、沢沿いに下がって行く。右上に上が
る道もあるが、そちらは違う。暫くは、車道を辿るが、途中、互生とも違い「右
右左左右右左左」と葉の付いた「コクサギ」などの木を見ながら進む。車道歩き
に飽きて来た頃、左にダムの分岐を分け、その先S字カーブを登った先で、いよ
いよ、沢に下りて行く。
 ここには、通行止めの看板が出ているが、クラシックなルートは、最低限の手
入れをして、残して行っていただきたい。道は、沢沿いに、高度を上げずに、延
々と続く。幾つもの橋を渡るが、そのうち1/5位は、壊れかけていて、注意し
ながら、渡っていく。やがて、東電の小屋の建つ保利沢出合いへ出て、ここで、
大休止。晴れていれば富士山が見えるのだが、今日は曇っている。
 保利沢出合いから、一旦少し登って、再び沢沿いに辿る。やがてヨモギ沢、ア
ザミ沢の間の尾根に取付き、ここから本格的な上りが始まる。1時間程登ると、
対岸の尾根も近くなって、やがて、峠手前の水場に出る。今日はここにテントを
張る事にする。ここは、水場があるので、安心して泊まれる。

 翌朝、峠まで5分の登りの後、いよいよ南下を開始。暫くは、標高2000mを超
える林道を進む。途中で、何箇所か右が崩れている所があるが、特に問題は無い。
保利沢山を巻いた後、林道の終点から左前に登って行く登山道に入る。少し登る
と、すぐに平坦な巻き道になり、上の切を巻いて進む。大井川の対岸には、千枚
小屋から悪沢岳、荒川小屋、赤石岳の一万尺の山々が望める。やがて巻き道も、
終わり、尾根に戻ると、天上小屋山に着く。ここは、単に尾根上の細長いピーク
で、通過して先へ進む。

 一旦鞍部へ下り、登り返して生木割山へ。その先、右手(南西)に、大ガレが現
われ、このガレの左上を登ると、偃松尾山の肩に出て、ここから、南に急坂を下っ
て行く。折角ここまで登って来たのに、この大下りは勿体無い。下り切ると右手
に水場の標識があった。鞍部から、先ほど下った分を登り返し、笊の手前の鞍部
で、椹島への道を分け、最後の一登りで、南稜南部の最高峰「笊ヶ岳」に着いた。

 天気は、あいにくガスが出てしまい、何も見えない。今回のメインイベントな
ので、ゆっくり休みたいのだが、、、体長2mm程の、ウンカだかハゴロモだか知
らない虫の大群に取付かれた、ザックに、帽子に、体に、とにかく全身この小さ
な虫に覆われ、タオルを牛の尻尾の様に振り回して、追い払うがきりが無い。

 虫から逃げるように、布引山まで行き、何とか大群は振り切ったが、休んでい
ると、また集まって来るので、先を急ぐ。少し下ると、早川町雨畑と所ノ沢越の
分岐へ出た。右が所ノ沢越への道だが、完全に笹薮に覆われていている。笹を掻
き分け、中に入ると一応、踏み跡はあったが、それもつかの間、尾根が南に向か
う付近では、踏み跡も消え、コンパスを頼りになるべく右に行き過ぎないように
気をつけながら、左々へ下ると、やっとの事で、所ノ沢越へ着いた。

 今日は、ここへテントを張る事にして、空身で水汲みに、右手の道を下りて行
く。所ノ沢源頭には、良い天場があったが、水を汲んだら再び峠のテントまで戻っ
た。明日、稲又山、青薙山を越えて行くか、中の宿へ下るか考えたが、青薙を越
えると、もう1泊池ノ平付近に幕営しないと、畑薙までは1日では行けそうに無
いので、中の宿へ下る事にした。

 翌朝、今日は下るだけと思い、ルンルンでスタートしたのだが、、、。昨日の
水場を過ぎ、もう一つの沢を渡る付近から、道は判然としなくなり、微かな踏み
跡を拾いながら進んだが、やがて、小さなガレを越え、その先、コース中最悪の
大ガレ場が現われた。崩れそうな柔らかい足元に、十分注意しながら、一歩づつ
慎重に進んで、何とか、渡りきった。
 
 さらに、この先も、道は消えかかり、やっとの事で、水平トラバース道に出て
も、延々と標高2000mのトラバースが続き、一向に下りる気配が無い。北西に延
びる尾根を越えた先から、やっと下りだすが、中の宿沢の右岸の尾根に乗り換え
る付近や、その先でも、所々、道が判らない所が現われる。下りコースタイム3
時間の所に、5時間近く掛かって、やっとの事で中の宿沢に出た。

 ところが、昭文社の地図に「橋壊れている」と書かれている所は、橋の跡形も
無く、左手(上流)へ少し戻って、大きな岩の多い地点で対岸へ渡渉。靴下を絞っ
て、あとは、中の宿吊り橋まで行くだけと思いきや、ここから吊り橋までも、な
おも、踏み跡が不明で、結局、45分以上掛かって、吊り橋まで辿り着き、東俣林
道に出たのは、所の沢越の峠を歩き出してから5時間後の10時になっていた。

 ここからさらに2時間歩いて畑薙大吊り橋。さらに30分で、ゴールの畑薙ダム
に辿り着き、3年掛かりでやっとの事、白峰南稜を踏破できた。
 20年前に、転付から光まで縦走した時と、17年前に北岳から悪沢、千枚、椹島
と縦走し、椹島からダムまで歩いた時と、14年位前に池口から光と歩いた時に次
いで、14年振り、4回目の畑薙ダムへ下山となった。
 足にマメが出来き、ヘトヘトになりながらも、充実した山行に満足して静岡ま
でのバスに乗って帰路に着いた。